2008年06月20日

漫画って愛だよね T(´D`)ANALOG

 




はぁ〜やっとお休みですよと


むしろおやすみプンプンですよと


いやーこの漫画


今回の3巻で一気におもしろくなった


2巻の愛子ちゃんの見開き涙の時にこのヒト天才だなって思ったけど


改めて、浅野いにおは天才だなぁと思う


なんてんだろ


何もかも抜群


ズバズバ突き刺してくれる


絵もすげぇー上手いし


やっぱりえげつなく真実が一番好きです


あと、初回特典のどピンクTシャツがお気に入り


神様のモチーフが誰なのか気になって眠れません


そんなお目覚めスッキリな快眠の朝です


なんなら昼です


うん、みんなおはよう







最近おもしろい漫画に出会えば出会うほど思う


何でだろうね


みんな、漫画でだと受け入れられるんだよ


つまり、感情も何も伴わない、「 情報 」なら取り入れられる


例えばものすごく自分に重なるシーンやセリフがあって


グッサリ突き刺さるじゃない


その時の自分にとって不愉快だったり不都合だったりすればするほどにね


それが、漫画の中の偶像という媒体を通してなら、受け入れられる


不思議だよね


だってさ


描き出されている以上は


その漫画の内容は絶対に作者の一部な訳じゃん


作者の人間性


表に出してないだけでさ


例えばアニメや映画と違い、もう印刷された時点で表現は完了してるのだ


作者以外の人間が解釈して演じる声優や俳優、演出家を挟まない分


作者の表現=人間性の露出はより純粋である


小説と違い、作者自身が描き出している「 絵 」というさらなる指向性があり


作者以外の人間が創った音楽も介在しない


作者が話したい事を、それこそ時間をかけて突き詰めて表現してるもの


登場人物なども全て、作者の人間性の一部を具現化させたものである


実は直接面と向かって話されているのと変わらないのだ


だから、この先進国日本でこそ


漫画というアナログな媒体はこれほどまでに発達してるんだと思う





それなのに


言われる人やシチュエーション次第で


他人に直接面と向かって言われたら


途端に受け入れられない人がいるのは何でなんだろう?


プライドなのか?


そんな、自分から目を逸らさせてる感情は、果たして自尊心と言えるのか?


不思議である


漫画の読みやすさ、入りやすさの力というのはあるのかも知れない


でも、それにしたって自分に危機感を持ってるなら


率先して受け入れられるはずだ


例えば井上雄彦さん


スラムダンクとバガボンドを描いてる訳だが


スラムダンクの青春群像は何も考えなくてもすんなり受け入れられるけど


バガボンドの人斬りの狂気が井上さんの中に潜んでいるとは思えないだろうか?


どんな理由があっても法治国家な現代社会


人を斬りつける人間なんて、絶対に支持などされない


どんな哲学を持ってようが素晴らしい人間性を持ってようが


人を斬りつける人間など今の世の中は許すはずもないのだ


かと言って、バガボンドを描く事で、井上さんの人間性が損なわれるのか?


そんな事はないはずだ


だからこそである


逆もまた然りだろう


キラキラ爽やかが大嫌いで、攻撃的でグロテスクな方が落ち着く人もいるはずだ


どっちが良い悪いなんてのは自分の中でだけの話で


要はどれだけその情報をより良い自分にする為に生かせるか


善悪を超えて、そういった具体的な性質を活かしきれる度量


人間的な魅力があるから井上さんはあんなにおもしろい作品を創れるのだと思う


つまりそれは、井上さん自身から直接的に出されているメッセージに他ならないのだ






だからこそである






そのメッセージは自分に都合よく受け入れられるのに


人から面と言われると反発する


そんな甘えは許されていい訳がないのだ


例えば井上さんの容姿を知らない人に


井上さん本人が名前も明かさずに、作品に出ている様なメッセージを伝えたら


果たして素直に受け入れられるのだろうか?


そんなつまらない「 シチュエーションの違い 」なんかで


情報の取り込み方を狭めるのは間違ってる


何の為に情報を取り込むのか?


物ではなく、人


他者に向き合える力をつける為だろう?






その漫画を読もうとしてる時点で、内容には多少なりとも肯定的になってるかも知れない


だけど、まだ読んでないなら尚更、描き出されているメッセージは


作者の意図など預り知る由もなく、読み手にとって絶対的に一方的なはずだ


漫画に対して、作者に対して


「 私の事情も知らないで何言ってんの 」


なんて思うか?


大抵の人は思わないはずだ


こんな情報化社会だからこそ気付きやすいはず


情報の発信源なんて、関係ない


その情報にどれだけ素直に自分を開けるか


わざわざ知識の門戸を狭めるような「 ゆとり教育 」の時代はもう終わりである


どこまでいっても人間がアナログである事に変わりはないのだから


年齢問わず、最近は色んな人と触れ合える様に動いてる訳だが


そういうへっぴり腰な度量の人間が今は増えてるんだなと痛感する


もっとぶん殴られて育ちなさいよと


言い訳して自分を改善出来ない人が増えて


今の社会の倫理観の低下=人間の力の低下を招いてるんだなと感じた







漫画という媒体の素晴らしさを再認識すると同時に


情報の受け取り方を改めて見直させられる


自分にとっての「 不都合 」とぶつかり合ったら


まず自分を疑う事から始めようと、改めて思う


自分以外を否定している人間は、醜い


他人を変える事なんて途方もなく困難な事


そのエゴは、通用しなかったら見る目も当てられないほどに醜い


かと言って手に入れる事を諦める人間は、命の尊厳を汚すほどに醜い


自分を変える事は出来る


出来るはず、じゃなく、出来る


人は、愛される基準から一度踏み外すともう二度と戻れないね


後戻りなんてする方法はない


だけど、それすらも昇華して、もっと強く愛される様になれる


漫画を読む事で、作者からの愛に気付ける様にいたいものだ


良い作品には、必ず強い愛が在るのだから

























♪『 DEMANIFUCTURE 』  FEAR FACTORY
posted by TDO at 13:04| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おっちゃんは、ソウルイーター浜離宮
(^o^)V
Posted by 入力端子。Bassよういち at 2008年06月21日 07:31
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